透視図法を題材とした幾何の授業実践 
   〜原典を利用した教材開発〜

                                     筑波大学大学院修士課程教育研究科 丸野 悟

−報告書 要約−

研究の意図・目的・方法

<意図>

高等学校において平成15年度の学習指導要領改定から新設される「数学基礎」の内容項目の一つである「数学と人間の活動」という言葉からは,数学のもつ人の営みとしての側面を強調することで生徒の数学観の形成に寄与しようと考えていることが伺え、その具体的な方策のひとつとしては「数学史」の利用が提案されている。また内容項目「社会生活における数理的な考察」においては「身近な事象の数理的な考察」などを挙げ,生徒が数学もしくは数学的な考え方の有用性を感得することを強調している。数学の知識と事象との結びつきは,高校数学などその抽象度(抽象の階層)が増すにつれて弱くなると言われており(礒田,1992),筆者も高校数学と身近な事象とのつながりを認識できるような機会を設けることの必要性を強く感じている。

そこで今回は,「数学と人間の活動」と「身近な事象の数理的な考察」の2つをキーワードに生徒の数学観の形成において一つの因子となるであろう“数学への興味・関心”の向上について焦点を当て,研究に取り組んだ。

<目的>

この研究の目的は,以下の課題に対する答えを得ることである。

課題1.透視図の描き方を示す原典の図を解釈する活動を行うことで,数学のもつ人の文化的営みとしての側面を認識し数学への興味・関心を高めることができるかどうか。

課題2.自分たちが学校で学ぶ数学が透視図法という絵画の技法の中に潜んでいるということを体験することで,数学への興味・関心を高めることができるかどうか。

<方法>

透視図法を題材に開発したテキストを用いて授業実践を行い,各授業時間後の生徒の感想,ビデオによる授業記録等に基づき考察を行う。

授業概要と考察

<教材開発>

開発したテキストは3冊(各時間1冊)から成り,課題1に対して1時間目のテキストを,課題2に対して2・3時間目のテキストを作成した。1時間目のテキストでは原典としてデューラー(Albrecht Dürer,14711528)の『Unterweisung der Messung(測定法教則)』とピエーロ(Piero della Francesca,1420?−1492)の『De Prospectiva Pingendi(画家の透視図法について)』を取り上げ,前者から透視図法で絵を描くための器具の挿絵を,後者から正方形,正八角形の透視図を描く方法を示した図を用いた。歴史的な原典を用いることでルネサンス期の画家達が行った透視図法の研究に生徒が思いをはせることが出来るよう配慮した。2時間目のテキストでは前時で扱った『De Prospectiva Pingendi』の図に示されている透視図の描き方をもとに,平行な直線群が透視図においては1点で交わる直線群として描かれるということを,そして3時間目のテキストでは放物線が透視図においては楕円として描かれるということを話題とした。

<授業環境>

@日時:平成131217日,18日,19日(50分×3)

            ※事前(1215)50分程度のカブリの講習会を実施

A対象:茨城県私立高校2学年(1クラス 19名)

<結果と考察>

1時間目後の感想から,透視図の描き方を示す原典の図を解釈する活動を行うことで,数学の持つ人の文化的営みとしての側面を認識し数学への興味・関心を高めうるということが言えた。

2時間目後の感想から,普段の数学の授業で学習しているような内容が,透視図法という一見数学との関わりが薄いと思われるようなものの中にも潜んでいるということを知り,驚きの反応を示した生徒が見られる。また,透視図法の考え方がカメラで写真を撮影することの幾何学的なメカニズムや我々の日常の視覚的な経験を説明する理論などに通ずることからも,自分たちの数学で「身近な事象」を考察することができるのだということを改めて認識したときの驚きは,生徒にとって大きなものであったのではないかと思われる。

3時間目後の感想から,放物線の透視図が意外にも楕円として描かれたということや,そのメカニズムが生徒のごく身近な空間図形である円錐によって解明できるということへの驚きからも,思考活動としての数学の面白さや,数学と事象との結びつきを再認識し,数学への興味・関心を向上させていったことが伺える。

以上から,自分たちが学校で学ぶ数学が透視図法という絵画の技法の中に潜んでいるということを体験することで,数学への興味・関心を高めうるということが言えた。

【引用・参考文献】

文部省(1999).高等学校指導要領解説

礒田正美(2001).文化的営みとしての数学教育〜その方法としての数学史上の一次文献の利用〜,教育科学数学教育No524,p106‐p109明治図書

・礒田正美(1992).数学の活用力育成への知識論的接近―数学的モデル化と思考水準,知識転移をめぐって―,教科教育学の創造―創る視点と探る視点―,p62−p77東京書籍

DürerThe painter's manual(Translated by W.L.Strauss1977)Abaris Books

Piero della Francesca (1942Nicco-Fasola)De prospectiva pingendiG.C.Sansoni

・引場道太(2000).テクノロジーを用いた空間図形指導に関する一考察〜画法幾何教材の再考〜,筑波大学大学院修士論文